健康

2008年5月14日 (水)

医とはそもそも「手当」を意味する行為で、触れなければ医学とはならないと考えます。気功及びエネルギーを使った療法はこの考えから多少離れてしまうところがありますが、もっと古い時代医の字は「医」の右隣に「殳」、そして下に「巫」と書かれていたそうです、この「巫」は魔法をする人という意味をなすもので結局は気功・エネルギー療法は医なのです。

しかし今日医は検査が主流になりそして薬が当たり前になりその場しのぎの、症状だけを取ってしまう治療が当然でありそうしてほしいと願うクライアントが増えてしまっているように思います。

そんなに簡単なものなんでしょうか、薬や検査で直接手で触れることなく、触れるときは切り取ってしまう。そもそも触れて具合の悪い部分を探し出し解除してあげなければまたすぐに悪さは顔を出すでしょう。内科系の障害でも皮膚科系の障害でも眼科、耳鼻科、精神科と様々な障害があれば体表面や関節の動きの制限など触ったらわかるような変化が出るものです。ただ、これが内臓のどこが悪い、とか眼球内の黄斑部が変成しているということの断定を体表面からはできない。でも体バランス、体液の流動性、関節の可動性を改善して体が制限をかけているものを解除したことにより症状の除去につながってきたことを本来「医」と呼ぶべきでありそうすべきでないだろうか。

たしかに薬は必要で検査も必要です、だからこそこれからは昔に戻り善きものをまた振り返り行うべきであると考えます、そして今までの知識技能のもとにその医療の原点をもってくることにより昔やっていたことから新たな発見、学習が生まれてくるように思います。わたしにはDr.という資格がありませんが手当てから来る技能を更に身につけて、自分のさらなる発展をしていきます。

2008年4月22日 (火)

生体防御とは

生体防御、これは非常にありがたい体の仕組みだとおもいます。

ひとの体は常に生きている限りは学び、いろんなことに対応しようと機能しているんです。それが頭を介さずとも。

臓器の一つ一つに考える力があるそうです、しかしこれは脳で物事を考え行動することよりも原始的であるため「考えている」といった考えには及ばないんじゃないかと思うんです。

もっと細かい単位でも、細胞一つとりあげても考えているんです、記憶もしているんです。

このため2本足で歩いている人の体が転びそうになっても起き上がり立っていられるのです。でも転ぶときにはたらく力がその人の体が対処できないほどの力だったり、体験したことのない場合ケガをします。

ケガをするなかで情報学び、対処しきれなくなっているときにどこの組織をどのように変化をかければ体は一番安全かと判断をしてケガを起こします。

たとえば足首のケガであれば捻挫(靱帯損傷、靱帯断裂)、脱臼、骨折、アキレス腱断裂、下腿筋群のうちの肉離れといったものが代表で、それぞれ体にとってどれが一番負担が少ないかということを、筋肉、腱が判断しその状態をつくります。

皮下出血は断裂された組織の吻合、あるいは栄養の運搬のためおこります。熱は体外からの菌の感染を防いだり、常在菌の驚きによる攻撃から守るために熱を起こし防御します。

痛みは体の使いすぎを制限するために起こります。また、炎症反応の代償としてそういう物質を残していったりしてしまう場合もあります。

だから常にケガに対して悪く悪く考えてしまう人もいますが、これらは生体防御反応として一番体にとって負担の少ない形でなるものだから体に感謝しなければいけないとをわたしは考えます。

こどもがけがの回復が早いのは頭よりも体の反応に対して素直に動けるからです。

大人になると不安という経験や頭の働きが強くなりすぎて必要以上にかばった使い方になってしまうため、よけいにバランスを崩してしまいなおりがおそくなるのです。

2008年4月 9日 (水)

今日の確認

クライアントというのは実に不思議です。うちの施術所は骨格の異常を治すところということで、最初の問診時には内科にはかかっていない、また大きな病気にはかかっていないこたえてくれます。

しかし、日がたつにつれ徐々に気を許していただけるんでしょう、ポロポロと依然あったことを話し出してくれます。

その前に症状が片付いてしまっていればいいんですけど、だいたい症状が落ち着き始めたけど平行線をたどっている状態だと教えてくれます。

そこでやっぱりと、今日確信というか確認できました。

ひとの体(動物の体)というものはいろんな信号を出していてどこかしらの調子が低下してくると、機能を制限してくることを体験しました。

内科の症状、アレルギー、視力の低下、ストレスなどこれらがふしぎと体の変化をかけてくるのです。これを中心に施術しだすと頭とは関係なく体が動き出します。

私が思うに、筋肉が喜んでいるのだと。戻ろうとしているのだと。

2008年3月28日 (金)

健康器具

結構今いろいろと健康器具が出回っていますが、はたしてそれが自分に合うのだろうか?

考えてみたことがありますか?たしかに購入の際には良いように思えるものでもそれが原因で体のバランスを崩してしまうことが多いようです。wobbly

さて、ではどんなものがよいのか?

長期的に身につけておくもの、これは靴や関節の動きを止めてしまうサポーターは極力避けたい。

関節は動くためにあり、周りを締め付けてしまうことで血管の作用が動きの少ない現代ではさらに作用しなくなり筋力の衰えをおこしてしまう。

体の変化は必要だからおきるわけであり、根本からかわらずに装具を付けてバランスをとっているとさらに形を変えてしまうように体ははたらく。

だから石とかオイルなんかはいいんじゃないかと私は考えています。

ただバランスを崩してしまうようなものでも短時間であれば、それを逆に利用しバランス感覚を養うことができるように思っています。

足場や空気の薄い高地トレーニングするスポーツ選手は、上のことと似たような自分にとって悪い状況を創りそういう様々な感覚をきたえています。

楽をするような健康器具でなく使い方を間違わなければどんなものでもいいのかもしれません・・・。

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